2007年03月21日

瑞鶴

壮絶だな。

瑞鶴

参考
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2005年11月15日

エルトゥール号遭難事件

学校では教わらない日本史について
明治維新後の日本史はいいイメージを持たれていない。
しかし、実際には日本人として誇れるエピソードが数多い。
これもその中のひとつである。

トルコ軍艦エルトゥールル号115周年追悼式典が11日、串本町であった。午前中、「エ」号が遭難した紀伊大島の樫野沖で洋上追悼式典が、午後からは高円宮妃久子さまも参列され、樫野の同軍艦慰霊碑で陸上追悼式が営まれた。
 日本とトルコの友好115周年記念事業(串本町・在日トルコ大使館主催)の一環。12日には町文化センターで文化交流会が開かれる。

 「エ」号は1890(明治23)年、656人の海兵らとともに親善で日本を訪れた帰りに暴風雨に遭い、樫野崎灯台下の岩礁で難破した。

 587人の犠牲者を出したが、島民らが懸命の救助活動で69人を救出して介護、遺体の収容にも献身的にあたった。

 翌年、県知事をはじめ有志の義援金で墓碑と追悼碑が建立された。1937(昭和12)年には県が今の慰霊碑を建立。地元の児童、生徒や住民らも定期的に花を供えたり、掃除したりしている。

2005年11月12日紀伊民報より引用


この時、生存者を救出した大島村の村人は、自身が貧しいにも関わらず遭難者のために非常食用の鶏を与えるなどをして遭難者の救助を優先した。

トルコではこの話は良く知られており、それもあってか今でも非常に親日的である。

参考

国際交流史「トルコ(エルトゥールル号の遭難)」

posted by edge13 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本近代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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